「福島と名古屋をむすぶ子ども会in東別院」(12月22日〜28日)始まりました
今冬も名古屋別院に福島県二本松市の同朋幼稚園の園児たち、14家族・47名を迎えました。原発事故以来、子どもたちの保養事業としてスタートして3年目、今年はどのような出会いがあるのでしょうか、楽しみです。22日から28日までの日程中、26日〜28日までは昨年に続きホームステイを取り入れます。
バス到着後のオリエンテーションを経て、子どもたちは各々の部屋を確認。その後の夕食までの時間、元気に暴れ始め遊び始めてました。


主催は「福島と名古屋をむすぶ子ども会in東別院」実行委員会、共催として真宗大谷派名古屋別院が関わります。期間中は教区坊守会・児童教化連盟などの関連団体はじめ、教区内外の有志が運営に関わります。
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「シリアの現状を知ると、日本がわかる」 久保田弘信講演会
久保田弘信講演会「シリアの現状を知ると、日本がわかる」
  ―東別院共催事業のお知らせ― 

教区教化委員会の事業ではありませんが、東別院が共催している事業をお知らせいたします。 

中東のシリアは民主化をめぐって政府軍と反政府軍との間で内戦が続き、「今世紀最悪の人道危機」が訪れていると言われ、民間人も巻き込んで凄惨な状況になっています。 

民間人3万人以上を含む10万人以上がすでに犠牲となり、今年中にはシリアの人口の半数にあたる1000万人が難民として国外を脱出すると予想されています。その難民も、周辺国では受け入れ許容もはるかに超えるものと思われます。 

このシリアの現状について、世界各国では重大な問題として共有されているにもかかわらず、日本であまり報道されることがありません。

そこで、先日までシリアで取材していた戦場カメラマン・久保田弘信氏と関係ある教区内有志が実行委員会を立ち上げ、多くの日本人にシリアの現状、さらにそこから見えてくる日本の実態を知るために講演会を企画しました。 

 是非ご参加ください。

 

久保田弘信講演会 「シリアの現状を知ると、日本がわかる。」 
―戦場カメラマン 久保田弘信が見たシリア― 

日時:2013年7月7日(日)14:00-16:00 
会場:東別院ホール(東別院会館)
        〒460-0016 愛知県名古屋市中区橘2丁目8-45

講師:久保田弘信氏(フォトジャーナリスト)
入場料:500円(受付にて当日券あります)
      ※高校生以下は無料 
主催:久保田弘信講演会実行委員会 
共催:東別院フォーラム人権(真宗大谷派名古屋別院) 

問い合わせ:専正寺 0562-83-4390)         
                星川泰 090-3251-3783
                          bossi_yasu_an@i.softbank.jp

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同時開催 「久保田弘信写真展」

日時:2013年7月6日(土)〜10日(水)10:00-18:00
会場:ギャラリー東別院(東別院会館1階) 
 入場料:無料 

 以 上
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他力本願とは?
 
   東日本大震災は、その被害のあまりの大きさに、先が見えず、被害に遭われた方々を
  思うとき胸が痛む毎日です。

 震災以来、さまざまなメディアで、著名人と称するさまざまな方々が評論をされています。

 そんな中の一つに、「文芸春秋」 五月特別号に 「日本人の再出発」と題する特集があ
 り、東京都知事で作家の石原慎太郎さんが 「試練に耐えて、われらなお力あり」 という
 論文を寄稿してみえます。
  
 そのサブタイトルには、「今こそ他力本願の甘えを脱し、日本人が自立すべき時だ」  と
 あり、本文には、『戦後日本人はアメリカの実質支配のもとで、「もしもの時は誰かが助け
 てくれる」という他力本願で過ごしてきました』とあります。

 この方が、こういう使われ方をされるのを読むと、「他力本願」の使い方の根が深いこと
 をつくづく感じてしまいます。

 「他力本願」という使いかたについては、異論があり、かって本願寺が国に、その間違っ
 た使用について、間違った使用をしないよう、申し入れをしたということを聞いた事があり
 ます。

 私たちも、無意識に「他力本願」を使っていませんか。

 ちなみに、同じ、文芸春秋社発行の女性向け雑誌「クレア」四月号の特集に、『自力本願
  の30代美容』 地下鉄の社内広告で見て、思わず笑ってしまいました。


  『他力と言うは、如来の本願力なり』 聖人のお言葉を、今一度胸に刻んで。


         釈   千 証  (八木)
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東北へ

今日の中日新聞夕刊に、
中日ドラゴンズ 森野選手会長
東北楽天イーグルス 嶋選手会長
の言葉がでかでかと載っていました。



明日からナゴヤドームで2連戦が始まります。
私は23日(月)に行ってきます。

・・・そして
名古屋教区の有志の方々も、
すでに被災地へ入ってボランティア活動を行っております!!
その方々のご縁で、今月末に東北へ行けることになりました。
0泊3日という、とてもハードなスケジュールですが、
私もボランティアに行ってきます。

永い永い支援の一日でしかありませんが、
この目、この足で東北へ行ってきます。
 
                        竜


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「つぶてソング」聞きましたか?

 今「つぶてソング」と題する一連のビデオクリップ集が注目されています。今日現在、Youtubeに6作品が発表されています。
  つぶてソング1「あなたはどこへ」
  つぶてソング2「フルサト」
  つぶてソング3「放射能」
  つぶてソング4「燃えあがろう」
  つぶてソング5「許せるか あなたは」
  つぶてソング6「誰もいない福島」
 これは、福島出身の詩人で今回の大震災の被災者でもある和合良一氏が、震災の現場からツイッターに発表し続けている詩篇「詩の礫」(しのつぶて)に、作曲家の新実徳英氏が作曲し、ピアノ伴奏に合わせて新実氏自身が歌う、というユニークな作品です。
 一度、見て下さい。私がへたくそな説明を重ねるよりも、ともかく見ていただくが一番です。独特な雰囲気が伝わってきますよ。
 撮影現場は東京のレストラン、ピアノ奏者は新進作曲家、撮影とYoutubeへのアップはレストランのオーナーです。今回の大震災の被災地にこころを寄せる多くの人が協力してできた、質の高い手作り作品、大震災の応援歌、といった感じです。

 ところで、新実徳英氏といえば、そうです、この度の宗祖御遠忌音楽法要曲を作曲していただいた方です。2010年9月号の『同朋新聞』に、安原宗務総長との対談記事がまるまる1ページ掲載されていたあの方です。『同朋新聞』では新実氏は高名な作曲家という感じを受けますが、しかし「つぶてソング」の中で語り歌う新実氏、ひょうひょうとしたおもしろいおっちゃんですよ。ついつい、繰り返し見てしまいます。

 しかしながら、この度の宗祖御遠忌は、東日本大震災により、第1期法要は中止、第2期法要第3期法要は法要の格を下げ規模を縮小し厳修となり、音楽法要は全て取り止めになってしまいました。残念です。せっかく今回のために作曲してもらった宗祖御遠忌音楽法要曲が一度も勤められないまま終わってしまうとは。また、音楽法要曲ではなく大震災の応援歌で注目を浴びている前向きな新実徳英氏、大震災により音楽法要は全て取り止めにした後ろ向きな真宗大谷派、タイミングが悪いというのか、対照的
というのか、何とも悔しいです。
 
 また別の時期に、この新実徳英氏作曲の宗祖御遠忌音楽法要曲が勤められる機会があるとイイですね。期待します。
  

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人知の闇
20世紀は、ヒューマニズムそれ自身が人間存在を危険にするという、その限界が明らかになった時代でもあります。そのヒューマニズムを超える英知を求めるならば、それは仏教を措いて他に道を見い出すことはできません。今こそ仏教精神によって人間の本質を問い続けることを明らかにしている、真宗の教えに立ち返るときであります。

記の文章は、「真宗教団連合結成30周年共同宣言」からの抜粋である。「人知の闇」という表現が以前から真宗の法座において限りなくなされているように思われる。ヒューマニズムすなわち人間中心主義へのアンチテーゼとして真宗の教えを見直すべきだ、このような文脈において「人知の闇」は濫用されている。これは西洋近代へのアンチテーゼでもあるらしい。原発事故以来、とみに人知を蔑む方向に舵をきるような論調が幅をきかせている。

かし、ちょっと待ってほしい。ヒューマニズムのそもそもの原点はなんだったのか。それは人間を神の栄光への奉仕者とするキリスト教、あるいは宗教原理主義への叛逆であったはずだ。宗教のために人間があるのではなく、人間のために宗教がある。だいたい、科学万能などという発想は科学を知らない人間の戯言なんで、科学万能主義批判をして見せればいっぱしの宗教家らしく見えるのことじたい、滑稽で始末に負えない。

教家はもっともっと西洋のヒューマニズムに学ぶべきことがたくさんある。ルソーやモンテーニュを読むがいい。カントやマルクスに学ぶがいい。だいたいが、大乗仏典はそのままでは差別思想のオンパレードだ。釈尊その人は業報輪廻ひいてはそれに基づく差別思想を否定したはずだが、大乗の興隆とともに差別思想が復活してしまった。無量寿経の五悪段が最たるものだ。仏教から差別思想をえぐり出し徹底した批判を加えるためには、西洋のヒューマニズム・人権思想は最大の武器を提供してくれる。

々の課題は、仏教を贔屓してヒューマニズムを軽べつすることではない。虚心坦懐にヒューマニズムや西洋哲学に学ぶことだ。

(真)
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シーラカンス奇譚・6〜平成のシーラカンス〜おまけ編

 何回かに渡って『シーラカンス奇譚』と題した文章を書いている。書き始めた頃、今シリーズは全5回で完了、というつもりでいた。ところが、書き進めている途中、今年初め頃からウェブサイト上でシーラカンスという単語がブレークした。「シーラカンス」で検索すると別の話がたくさんヒットするようになった。そこで第6回〜おまけ編を書くことになった。そう、平成のシーラカンスこと、クニマス再発見の話題である。

【2010.12.15】日本固有の淡水魚「クニマス」〜京都大学中坊徹次教授
 絶滅したとみられていた秋田県の田沢湖の固有種「クニマス」が、山梨県の西湖で生存していたことが、京都大学の中坊徹次教授らの調査で分かった。クニマスの生息確認は70年ぶり。レッドリストに絶滅種として記載された魚が再発見されたのは初めて。クニマスはサケ科の淡水魚。昭和10年代、周辺の発電施設の導水工事で強酸性の水が流入し、湖水が酸性化したため死滅。そのまま絶滅したと考えられていた。西湖で確認された個体は遺伝子解析で、同種と裏付けられた。西湖には、昭和10年代に、クニマスの卵を放した経緯があるという。発見のきっかけは、タレント「さかなクン」にクニマスの絵を描くことを依頼したこと。参考に近縁種の西湖のヒメマスを取り寄せた際、特徴の違う魚が届き、中坊教授らが今年3月ごろから調べたところ、クニマスと判明した。

【2010.12.23】天皇陛下クニマス発見の「さかなクン」を名指しで褒め称える
 クニマスについては、私には12歳の時の思い出があります。この年には、大島正満博士の著書「少年科学物語」の中に、田沢湖のクニマスは酸性の水の流入により、やがて絶滅するであろうということが書かれてあるのを読みました。そしてそのことは私の心に深く残るものでした。それから65年、クニマス生存の朗報に接したわけです。このクニマス発見に大きく貢献され、近くクニマスについての論文を発表される京都大学中坊教授の業績に深く敬意を表するとともに、この度のクニマス発見に東京海洋大学客員准教授「さかなクン」はじめ多くの人々が関わり、協力したことをうれしく思います。

【2011.02.05】平成のシーラカンスか!富士五湖西湖にいた/これがクニマスだ
 山梨県・富士五湖の西湖畔にある「西湖野鳥の森公園」で、厳寒期恒例「樹氷まつり」が開かれている。まつりの雰囲気が例年とは少々異なる。それもそのはず。「クニマス」標本がギャラリーに展示されているからだ。この時期、例年ならギャラリー入館者はまばらというのに、今年だけは珍しい魚をみようと連日ギャラリーは盛況そのもの。

 「クニマス」という絶滅したとみられていた魚の再発見。しかもタレント「さかなクン」の活躍。そして天皇陛下「さかなクン」を名指しで称賛。ついに「平成のシーラカンスか!」という騒ぎ方、何ともかんともすごい現象である。注目のされ方がセンセーショナルだったことはともかく、シーラカンスに譬えて祭り上げる、というのはいかがなものでしょうかね。

 いえいえ、怒っているのではないのです。むしろ喜んでいるのです。一度は滅んだと思っていた生物種が、思わぬところで生き延びていた。その驚きと喜びの声をシーラカンスに重ね合わせて騒ぎ立てる。イイお話じゃないですか、シーラカンス好きには辛抱たまらん嬉しいお話です。

 今シリーズの最後に当たって、「万歳」という言葉の本来の意味を憶念しつつ、シーラカンスに願いを寄せて、この言葉を捧げます。
 「シーラカンス!万歳!」 「シーラカンス!万歳!」 (おわり)

P.S.ついにあの言葉を言ってしまった。
そうなのです、私はこってこっての日本人なのです。

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ある言葉
被災者の方にお悔やみを申し上げます。 黙とう    合掌

子供から ある言葉を聞いた。
それは、“死ね”と言う言葉   重い言葉

先生が 悪がき達に 注意をする時に 言うことを聞かない場合 たまに使うのだそうだ
私は、“思わず教育者たるものが使う言葉ではと いうと すかさず 
“誰でもが使うのではないか また 口にせずとも 思っている人は多かれ少なかれいるだろう” と 返ってきた。
その言葉を聞いて 納得した自分がそこにいました。返す言葉は、“そうだけど先生が使っては” と

知り合いの親さんに聞いてみると その先生のおかげで いろいろ治ってきている子供もいると 又
セーブされているらしいと 
その先生にはみな一目置いているようです。
その言葉についてあまり重くを置いていないように思えました。
使うとき 場面で 言葉というものは 捉え方で いか様に変わるのだと…
考えすぎかな 難しいな〜 
しばらく 見ていた方が良さそうです 

この時代 死という 言葉の意味をもっと考えていかなければならないのでは
安易に 人に投げかけること  自ら その道に行ってしまう人  
 

話は変わり
被災地への 僧侶の派遣は行っているのでしょうか
現地へ行かれたお寺さんが頼まれた と聞いたので
いろいろの派遣は耳にするも そうした話は聞かないので

                                              かず
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ともしび 
福島の原子力発電所が、なかなか快方に向かってくれない。
なんとかせねばと原発そのもので今命がけで働いている人々は、
まさに、(前ブログともしび,痢縫蹇璽愁のようにその身を削って、
この日本を明るい方向へ向かわせようとしているのだが・・・・

原子力発電所

ここでつくりだされた電力は、
われわれに明るい電気のともしびをもたらすはずであった。

しかしながら今はただ、明るさではなく暗黒のような不気味さだけを
周囲にまき散らしている。

こんなはずではなかった。が
こんなことが起きている。

核燃料棒

その身を削って、周囲に明るさをもたらす。
風や、水によって一瞬にして消えてしまう。
ローソクとは性質がまるでちがう。

が、ただ一つ、
どこかでだれかが点火しなければ、燃えはじめないことだけは
共通している。

目の前の現実こそが人間の限界。
「絶対に〇〇だ」と人間は言い切ってはいけない。
このことだけは絶対であろう。
絶対の存在でない人間の現実を
われわれは、謙虚に受け止めるしかない。 

受けとめたうえで、明るい未来のために今の私ができることを、
じっくりと考え行動したい。
                                                              Oヤ

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ともしび 
お仏壇のローソクを前に
ある人がこんなことを言っていた。

「ろうそくはエライ。
    ・・・・その身を削って、周囲を明るくするからえらい。」
「ろうそくは悲しい。
    ・・・・風や雨で、あっという間に消えてしまうんだから悲しい。」
「ろうそくの火はもらいもの。
    ・・・・どこかから、誰かからの、もらいもの。」
 
確かに、そうだ。
われわれ人間のいのちとローソクの灯が
かさねあわせて見られるのも、こんなローソクの特徴
からなのだろう。

大震災。

もらいものとしてのこの命の灯を、精一杯燃焼させながら、
周囲を明るい笑顔でいっぱいにしたい。と思いつつも
夜半の嵐、風やら雨やらにうたれれば、
あっというまに消え去らねばならぬ不安の人生。

今、自分自身の生きざまを、考え込まずにはいられない。

                                  〇や

                → ともしび △砲弔鼎

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