坊守基礎講座
20131114日の坊守基礎講座第一回の様子を書かせて頂きます。
 まず日程の流れとしては、午後130分から330分の2時間の日程で、名古屋教務所一階議事堂にて行われました。講師に仙台教区眞行寺坊守の佐々木るり氏をお迎えして、「福島からの声」という講題でした。開会、講義、質疑応答、閉会の流れとなっておりました。
 
 講義はまず震災当時の様子について話されました。
 震災発生当時は、福島という場所もあり原発事故の様子が語られていました。312日に1度目の爆発があったが、何も知らずに通常の500倍もの放射能の中を歩いていたそうです。震災の大混乱の中で自分の子供を背中にくくりつけながら、寒さをしのいで近くの人と共に寺に避難することで精一杯だったそうです。そして、314日に2度目の爆発があったが一回だけテレビで放映され、あとは何事も無かった様子が映されていたそうです。その後の記者会見では人体に影響が無いとも言える口調であった様子が、原発関係者から語られたそうですが、人体に影響が無いのは変だと近所の人と話していたそうです。そして、報道をどうとらえるか考えながら、佐々木さんは車に乗れる人だけ乗って福島を出たそうです。1台のワゴン車に、女性子供を多く乗せて18人で福島を出たそうです。それから2ヶ月半新潟の三条別院に避難してたそうですが、その間福島に残った夫からの「絶対に生きようぜ」のメールが忘れられないと言われました。その後、5月に福島に戻るのですが、報道も信じられない中で人体への影響も分からないままの生活は苦しかったと言われました。水道水は飲めない、窓は開けれない、外に子供と散歩も行けない日々でした。食べ物も困ったそうです。御門徒さんが寺に取ったタケノコや、畑の野菜を持ってきてくれたそうですが、それすらも影響を考えると食べられないという生活だったそうです。ただ、そんな中で福島で生きる為、福島で生きている人の為に何が出来るかを今も考えているそうです。この他にも福島でのそれからの生活や放射能の話、復興についての現状、たくさんの事を佐々木さんは講義していただけました。
 
 もしかしたら、普段他人と関わりを持たずに生活しているような現代の人達は、「福島で何かが起こって、今も大変そうらしい」と、こんな認識程度でしかないのかもしれない。ただ、佐々木さんが言われるのは、「福島のことが忘れ去られるのが一番怖い」と言われました。
 もし震災が起こった時、自分ならどう行動するでしょうか。親として子として、夫として妻として、家族として他人として、どうその場を過ごしどう助け合って行くのか。どう生きて行くのか。そんなことが考えさせられる講義でした。
 そして、忘れてはいけないのは、体験を語った佐々木さん自身も、我々と何も変わらず普段いつも通りに生活していただけでした。そこに震災が起こったのです。それは決して他人事ではないだろうし、被災された方の言葉を聞く我々はそのことを決して忘れてはいけないのだと思います。今も被災されて不自由な生活を送っている方もいます。あなたの中で、「震災を過去の出来事にしていないか」と言われたような気がします。忘れてはいけない、過去にしてはいけない、そんなことをいただいた講義だったかと思います。
 
一柳
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